カテゴリーアーカイブ: 思う。
August
06
2007
18:25
かなり長い間ぶりの環境の中で、
あまりに久々なことのせいか、
どうも精神がついてきていないようだ。
精神というのは、
肉体以上に環境の変化に弱く、
鈍重だったり、過敏だったり、
本来自分が持っているものよりも、
両極端な振れ幅をとったり。
そんな中で、今の俺は、
どっちの振れ幅も持ちながら居る。
シュレディンガー。
猫が、1/2生き、1/2死んでいる状態であるように、
俺も、1/2生き、1/2死んだ、曖昧な俺。
結局は、それを観測者たる俺こそが、
その状態を決定する主体者であるのに、
同時に俺が被験者であるというパラドックス。
俺は完全に活きているという環境で、
変化に順応できない弱さという部分でダマを生じて入り交じった歓喜と自己嫌悪。
被験者である以上に、
俺は主体者だ。
決定するのは俺だ。
ボタンを押すのも、
箱を開けるのも、
俺だ。
俺だ。
揺らがないこと。
いつも通りの俺のスタンス。
全力でやるだけ。
そうやって生きて、活きてきたので、
それは曲げない。
弱さを捨てるために、
強さを捨てたんじゃなかったのか。
追われるより早く進んできたので、
守るために足を止めなんかすりゃぁ、
追われるものに追いつかれるだけ。
進むことこそが守ることだって。
気付けよバカ。
できるんで。
絶対なんで。
振り返ったら全てが崩れる。
そんな琴座か何かの神話は、今の俺への託宣。
できることは、
信じること。
進むこと。
それだけでいいのに、何を迷う?
August
04
2007
00:00
Tomorrow is another day
って人は言うけど。
どれだけの人が、
明日は今日と全く違う日だって胸を張って言える?
表面上はどんなに違う日をふるまっても、
底流は結局いつも鬱々だとか。
そんな輪廻にもがいてた数週間前までの自分。
変えるには、
変わるしか、
ねーじゃん。
要は意志の問題だ。
August
02
2007
21:15
蒸し暑い日。
人間が、自我の奥底に存する衝動やら激情やらを開放するためには、
それが抑圧された状態でなくてはならない。
今そういう脳内世界のインスピレーションが全然湧出してこないのは、
リーセントライフが不満の無い状況なんだろうなと思う。
しかしそれは同時に、自分の根元のスポイルでもあるわけで。
満足は、
複雑だ。
July
30
2007
15:20
人生は風に吹かれて流転せり
行き来たるもの 取りつ迎えつ (詠人・だい)
とりあえず、28日は皆様ありがとうございんした。
ホントはもっといろんな仕掛けをしたかったんですが、
仕事が立て込んだせいで準備期間もなく、
しかも最後の1時間にかける予定だったCDが、
なぜか店のプレイヤーで読み取りできず、
一番気合入れたダンスホールミックス1時間が、
結局できなかったというトラブル続きではありましたが。
でも、
それぞれ各位、
旧交を温める機会になったなら幸いです。
久々に会う人、
初めて会う人、
きっかけがなければ、なかなか会う機会も無いし、
もしかしたら一生会う機会も無いかもしれない。
それは、参加者同士でもそうだし、
俺と参加者の人たちでもそう。
でもさ、やっぱ勿体ないんで。
一度きりの人生、
いっぱいいろんなこと楽しみつくして、
いっぱいいろんな出会い大事にして、
みんなでみんなを思い合ってかないと、絶対損なんで。
だから、こういう機会をクリエイトして、
それで少しでもみんなの人生に、
新しいなんらかのスパイスが加われば、
やっぱそれが最高だと思うので。
今回は時間なかったんで、たいした仕掛けできなかったけど、
今後は、もっともっと大仕掛けで行くので、
ぜひぜひまたよろしく。
本当にありがとでした!!
みんな全然じっくり話せなかったんで、
それぞれまた今度個別にも行こうね!!!
July
26
2007
14:16
暑い日。
プラスもマイナスも、全部ひっくるめていろいろ考える。
いろんなことが動き始めていて、
それに戸惑っている部分も多少はあって。
現実を理想に近づけるために生きること。
それは、俺一人の問題じゃなくて、
親愛なる誰かもまた絡んでくることで。
そんな中で俺がやってることが、単なるエゴイズムじゃないと胸を張って言うためには、
結局は、自分の理想を、誰に何を言われても追求するという意志で。
面白きことも無き世を面白く
それは、やろうと思うかどうかだけの問題。
自分に重りをつけてりゃぁ、水の外には出れない。
重りを外して、もっと風のそよぐ場所。
結局俺なんざ難儀な馬鹿野郎は、
どっち選んでも傷ついてるわけなんで、
なら理想を追って傷つくほう選ぶって、
そんだけ。
July
21
2007
21:09
何かが手に入ると、
失うのが怖くなって、
そんで何もかんもバラバラになって自己嫌悪とか。
そんなんで足止めて右往左往ばっかなんで、
何も手に残さないという生き方。
何かが積み重なっていったら、
一番下のブロックを抜いて、
もいちどまっさら。
バランスを取るために、
震える手をソロソロと動かしてるよりも。
瓦礫の中を走り回ってるほうがよっぽど性に合っとる。
July
18
2007
22:05
新川のサイクリングロード、西側へ走る途中にふと足を止めて。
目の前には大熊のしっぽ。
右手にはアンドロメダの母ちゃんが見える。
夏なのにね。
札幌じゃあ、牛飼いと機織りを隔ててるはずの河は見えない。
きっと都会の中じゃあ、どんな禁断も無いってことね。
1年を待たないボーイとガール。
ろうそく出せ、出せよ。
July
18
2007
18:48
今日はお客さんとの約束が1件キャンセルになり、
ちょい早く帰れそうなので、
帰宅したら2時間ばかし夜中のサイクリングとしゃれこもうかと思う。
目的地もなく気ままにライドするのなんて7年ぶり。
リターントゥイノセンス。
たまにじっとしてろって話なんだが、
今はそれができる季節。
いいじゃんベイビィ。
July
18
2007
14:24
昨日、
眼からたくさんの鱗が落ちたよ。
本当はわかってるはずなのに、
本当はそうしたいはずなのに、
自分が傷つかないように自分を誤魔化してる自分。
自分でも気付いてはいるけど、
改めてそうやって言われりゃぁ、
やっぱ、逃げてらんねぇ、って。
ありがトン。
ホント、友人諸氏に助けられてばっかだこの野郎!
July
17
2007
15:38
Wheel of Fortuneという表現ってのは、まさにその通しなんだなぁ。
と実感できるようになったのはここ半年くらい。
どれくらい昔から言われている表現なのかはわからないけど、
まさに運命ってのは、車輪のようだと今は思う。
ちなみに、Ace of Baseの「Wheel of Fortune」の
“My love is my engine, and you might be fuel.”
というリリックはたいへん秀逸だと思う。
というのはさておき。
また、この車輪っつーのがえらく重いんで、
なっかなか動かねーんだこれが。
だから、みんな、動いてないことすらなかなか気付いてない。
俺だってずっとそうだった。
だってさ、周囲が動いてりゃ、嫌でも景色は変わるわけなので、
動いてる気になるんだもん。
でもさ、実際は鎮座してる場所は変わんねーんで。
ただ車輪の横に座ってるだけなんで。
そんで、毎日変わりない、毎日変わりない、なんて嘆いてもさ、
そりゃそーなわけよ。動いてねーんだから。
だから、どっかで、なんとかさ、えいや!って力入れて、
動かしてみるわけよ。
んで、でもさ、
初めなんてなかなか回んねーんだよホント。
これだけいろんなもん犠牲にして全力で押したのに、
動くのこれだけ?みたいな。
だからさ、みんなちょっとで諦めちゃって。
んで、こんな大変なら、
いろんな人に批難されたりとか、
そんな思いしてまで動かすことねーか。みたいにさ。
でも、もっともっと力入れてさ、
いろんな人の冷たい目線とかさ、動かないかもって不安とかさ、
自分の全部がダメになるかも、ってくらいにさ、
全部抱え込んで全力で押して、
回り始めたら、だんだんスピードもついて、力なんていらねぇ。
あとはチャリオットに乗ってるだけ。
今、すっげー勢いで自分のWheel of Fortuneが回ってんの、
実感しまくりなんで。
どんどんどんどん、景色が変わって。
でも、一回勢いついちまったら、
今度はブレーキんんて無いんで。
自然減速するまでずっと走り続けるか、
何かにぶつかってクラッシュするか。
目の前に見えてきたのがどんなオフロードだろうと何だろうと、
もう止めたくても止まらないんだからしゃーないじゃん、って。
でも、そんな風に、どこに辿り着くかわからないまま、
すっげー勢いで走ってくのが、えらく楽しい。
少しの間必死に力を入れただけで。
もっと早くやっときゃよかった。
ってのは今だから言えることだけどさ。
さいこー。