月別アーカイブ: 6月, 2014

メランコリーな僕の愛すべき失意。

June 10 2014 20:38

チャンスの神様には前髪しか無いって、
すごくよく知られた話だけど。
 
だから、
いろんな躊躇とか、
いろんな逡巡とか、
いろんな倫理観とか、
そんなの振り切って、
その時の感性で、遮二無二チャンスの神様に抱きついて、すがり付いていかないとさ、
 
ぼくらは、
神様に追い付く脚なんて持ってなくて、
でも諦めきれなくて、
とか。
 
 
時には、
迷ったり、
揺らいだり、
いろいろはさ、
そりゃあ、
あるけど。
 
 
大事なのは、
今この瞬間の、
喜怒哀楽やら愛憎やらを大事にできるかだって。
 
目の前のチャンスの神様を、
後ろから追いかけるつもり?
 
 
As you like
ってさ、
likeって単語が、
意思動詞じゃなく感覚動詞だから意味があるんだぜ。



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俺たち銀河烈風。

June 05 2014 21:08

インテリアやエクステリアを考えるとき。
 
 
なに風にしよう、
とか思ったら、
それは結局それ風であって、
何かをただ真似たら、
それは自分だけの色じゃなくなっちゃう。
 
とか考えていて、
 
じゃあ結局、
閃きとか、そういうものの断片を紡いでいくことが、
自分の色ってもんなんだろうとか思ったり。
 
 
本棚は絶対に自分で創ろう。
表面にはブリキのプレートを付けて…
とか、
 
モルタルと煉瓦でチロル風の塀を造ったら、
スチームパンクの飾りを付けてみよう、
とか、
 
何がいいか悪いかじゃなく、
 
ちょっとした思い付きを面白がってやってくこと。
 
 
 
家と、
服と、
口説くときの言葉のセンスは男の顔なんだぜ、
って、
俺が言ってた。
 
 
粋に生きるってのは、
自分の感覚ってのを愛して生きる、
ってことじゃ、
ないかなあ。
 
 
例えば女のコを口説くときに、
他人の言葉で口説くほど野暮なことはないわけで、
じゃあ、
家だって、
一緒さ。
 
 
 
自分の哲学を体現するということ。
 
そのチャンスは日常の全てに。



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