薄曇りの朝。
なんだかとても切ない夢を見た。
ちょっとノスタルジックで、とてもメランコリックで。
言いようのない悲しさに包まれてるのは、やっぱ好きじゃない。
なんだかとても切ない夢を見た。
ちょっとノスタルジックで、とてもメランコリックで。
言いようのない悲しさに包まれてるのは、やっぱ好きじゃない。
俺はさ、サークルにおいて1年生ってのは宝以上のものだと思ってるから。金銀パール。
いつだってどんな組織だって、人間ってのは最大の資本ですよ。これからその組織を支えていく屋台骨なんだから。
だから俺はいつでも1年生様々というか、ひたすら1年生にいいようにやっていきたいし、実際弓道部のときはそうやってたし。他人がどう考えてるのか知らないけど、俺は学年的、年齢的ヒエラルキーみたいなものは、むしろ完全に拒否・嫌悪。
上の学年が偉いみたいな意味不明・根拠薄弱な自慰的優越感を持つのはやめよう、と。
舵取りってのは、今この場だけを見ていてもダメなわけで。
だいたいその場の状況に応じて自在にスタンスを変えれないような奴は、舟を沈没させるだけだ。
仲良しグループだけの舟なら勝手に沈没すればいいけど、全く何も知らずに乗ってきた新入部員も一緒に船出してるんだから、それを沈没させることはまかりならん。俺が許さん。絶対に。
「真夜中は別の顔」だんだん面白くなってきたなぁ。
最初はなんかダレててしょーもない愛憎劇な感じだったけど、
けっこうスリリングに、悲惨な感じになってきて、面白いわマヂで。
っつーか、泥沼すぎ。こんな状況、嫌だなぁ。
呼称総「だい」化計画推進中。
人との関係の中で、名字だけで呼び合う光景は、なんとも味気なく、なんとも殺風景で。
基本的に俺は、自分が名字で呼ばれることも嫌で、誰かを名字で呼ぶこともあまり好きではなく。
そんな中で、大学に入って以来、何故か今までになく名前で呼ばれる機会が少なく、既に俺のパーソナリティ=名字の図式が出来上がってしまっていることに耐えきれなくなりつつある今日この頃。
そんなわけで、この時期、なんやかんやで自己紹介をする機会が多いわけだが、あくまでも「だい」で名乗ろうかと。目指せ定着。
それに、こっちとしても、広い地球の広い日本の広い札幌でせっかく偶然巡り会えた奇跡。他人じゃないんだから、できるだけ人を名前orニックネームで呼んでいこうと。
言ってみれば、名前orニックネームで呼び合おうプロジェクト(まんま)。発動。