カテゴリーアーカイブ: カルチャーの嵐。

マチャドの辞。

January 30 2005 22:55

「自己愛と献身-愛するという意味-」(講談社現代新書1124)
という本を読んだ。別にロマンティックな内容ではなく、精神分析的なアプローチの本だ。
著者が情熱の国・スペイン人(日本在住)だけに、日本人の同様の本と比べて暖かみがあるのが個人的には好感。
まぁ主に分けて3つのチャプターがあるわけだが、
①周囲の人間との関係し方の分類。
②同性間の友情。
③異性間の友情と、愛の区別。
の3つのうち、とにかく面白かったのは③。
最近いろいろ自分内哲学してた分野なんで、いろいろと納得だったり何だったり。
あいたたたた。。。っていう自己を顧みる部分や、
そうだよなぁ。っていう我が意を得たり!な部分など、
けっこう心に密接した内容なんで、
恋やらなんやらそういうのに興味ある人には絶対に読んでほしい一冊だな。
 
印象に残る内容をメモって引用しようと思ったけど、
後半部分になって大量に出てきたんで、きりが無いからやめる。
ただ、俺のポリシーを表現するマザー・テレサの名言が紹介されてたので孫引きしておく。
 
「痛みを感じるまで愛しなさい。痛みを越えるまで愛しなさい。」



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磨製。

January 17 2005 21:36

「肉体不平等~人はなぜ美しくなりたいのか?~」
今日読み終わったこの新書がけっこう面白かった(後半は内容薄かったが)。
というわけで、考えたことなぞ徒然と書いてみる。
精神医学的には醜形恐怖という症状があって、
要は自分の外見が醜いと必要以上に思いこんでいて嘔吐などにまで至る人がいるらしいのだが、そこまでではなく、その程度の軽度なもの、自分の外見に軽いコンプレックスを抱いている人が加速度的に増加しているらしい。
敢えて告白するなら、俺もその一人である。
それこそ徳大寺有恒らと同じく、若い頃から身体コンプレックスを自覚しなかった時期など全く無いとまで言える。
平均よりちょい低いくらいの身長、お世辞にもいいとは言えない顔、いくら食べても肉のつきにくい痩せぎすな体、等々、はっきり言って身体中にコンプレックス爆弾を抱えて生きてる。
学校であれサークルであれバイトであれ、他者を見る度にプチ劣等感に苛まれているのは純然たる事実だ。
ほとんど他人には言わないのであまり皆気付いていないかもしれないが、24/7、俺の脳裏からコンプレックスが消える瞬間は無い。
 
著者によれば、それまでは「見られる」性では無かった男性が、急速に「見られる」性になってしまったという。
それはまさにその通り。
我々は否応なく、人を好きになったりなられたり、そういう感情の渦の中に投げ込まれているわけで、その中で「自分がどう見られているか」を完全に黙殺することはできない。
男女の関係の中で、どうしても外見の持つ役割は大きい。なんせ人間の五感の中で、最も長い時間働いているのが視覚なのだ。どうしても外見がその人間のイメージを形成するうえで最も象徴的な要素になることは免れ得ないだろう。だからこそコンプレックスは消えることなく、女のコを意識する度に、それは肥大化していくのだ。
 
例えば何かのきっかけがあれば、そんなコンプレックスも多少は解消されるのだろうが、残念ながらそんなきっかけは無い。要は自信の問題だというのはわかってはいる。少なくとも頭では。
しかし様々な経験とコンプレックスの相乗効果で、自信はどんどん喪失し、コンプレックスは増大する悪循環。こう考えると、結局のところ、コンプレックスというものを解決する手段なんてものは、絶対に存在しないのではないか、と思える。コンプレックスというものは、それがそうだからなのではなく、それがそうであるとしか思えないからコンプレックスなのだから。
 
本書では「身体コンプレックスを飼い慣らす」なんて偉そうなタイトルの章もあるが、通り一遍のことしか書いてないし、何の役に立つとも思えない。
というかこの本はどの頁を開いて見ても結局は
「容貌が良いと得をする」
「外見が社会的・対人的に最も重要視される」
ってなことを延々と書き綴って「麗人賛美」に終始している。
新書なんつー文芸的な場でそんなことを言うのもどうかとは思うが、それが真実なんでしょーがないのか。
 
俺は外見的コンプレックスがあるからこそ、それ以外の部分は徹底的に自分を盲信して、自分の決めた道を突き進むことに決めて生きてる。
おそらくは、誰もがそうやってバランスをとっていくしかないのだ。
どこかに自信が持てない部分があるなら、自信を持てる部分を徹底的に盲信していくしかない。
 
きっと著者が言うほど、外見が全てじゃない。
外見が主要構成要素かもしれないが、それ以外の部分がきっとオーラになって出てくるはず。
実際、外見はそんなにいいわけじゃないのにモテる奴だっていっぱいいる。
結局は全てひっくるめた問題。
だから、とにかく努力して自分を磨いて、んで足りない部分をカバーするような、そんな繰り返しを、地味にやっていくしかないじゃん。



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夜長のEQ。

December 30 2004 02:05

昨日から読んでる「ギリシャ棺の秘密」。
いやぁ、今までクイーンは何冊か読んだんだけど、どれもいまいちだったのよ。バーナビー・ロス名義のは別として。
でもまぁ、とりあえず先週BOOK OFF行ったときに、クイーンが100円で出てたんで、2冊買ってみたんだけど、とりあえずそん時買った新書を2冊読んでから、そろそろ、と思い読み始めたんだけど。
あらまぁ、これがけっこう面白い。
なんつーか、やっぱりエラリィのキャラが相変わらず気に入らないんだけど。ファイロ・ヴァンスとは違って嫌な衒学さって言うか。
でもそれを埋めて余りあるくらいのプロットの良さ。
いや、まだ途中なんだけど、それでも既に二転三転で引き込まれとります。どーなんの。
ちなみにあとがきによれば、「X」や「Y」と同年の作とのこと。どーりで。
しばらくはクイーンを読んでみよう。



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柔の道も。

November 14 2004 23:15

河合克敏「帯をギュっとね!」全30巻いまさらながら読破。
サンデーの看板漫画家の一人らしいけど、
なんせサンデー系は俺の苦手な感じのが多いんでノーマークでした。
サンデーって、子供っぽいのかオタっぽいのかばっかだけど、
帯ギュは、その両方のテイストを漂わせつつも、
ちゃんとしたスポーツ漫画として成り立たせているのが好感。
その原因を探るに、作者が柔道経験者らしいことも大きいのではないかと思う。
序盤の巧と保奈美、さらに石塚や平八郎が絡むストーリーや、桜子の保奈美と対照的なキャラ付けを見ても、
柔道ってのを題材に、ラブストーリーを描くという、ありがちで陳腐な方向性を最初は指向していたとも思われる節があるものの、
最終的には、試合の描写に力を入れるあまり、巧と藤田のライバル関係を中心とした、浜名湖柔道部のサクセスストーリーに変化していったようだ。
それは、藤田以外にも、鳶島(弟)や玉城といった「全くラブストーリーの絡まないライバル」の存在が大きくなっていったことからも見て取れる。
事実、ラブストーリー的な要素を脱却して以来、斉藤や宮崎、真理といったキャラクターの活躍の場が増えたこともその証左になるのではないかとも思う。
これは、終盤の欄外で「ヴァン・デ・ヴァル投げも出さなくなったし~」っていう下りで作者自身が回顧しているように、やはり作品そのものに対するスタンスが「柔道としてのリアリティ」を重視するスタンスへと変化していったことを作者自身も理解していて、それに伴ってのメインキャラ構成の変化であったろう。
その意味では、序盤でラブストーリー用キャラとして個性付けされた平八郎、石塚、袴田姉弟などは、10巻を過ぎたあたりから圧倒的にその存在感を無くし、序盤キャラの中では唯一、全く恋愛沙汰の絡みようのない(笑)永田だけが最後まで個性を放ち続けたのも皮肉と言えば皮肉な話だろう。
 
本人がこの熱血側に偏った変容を否としたのか、はたまた編集サイドからの要望があったかは知らないが、終盤になって急に思い出したようにラブストーリー的な要素を絡ませ始めるが、その結果として「内気で友達の作れない」別所さんや、「クールで飄々とした」斉藤など、せっかく中盤からキャラ立ちしていた二人をみすみす没個性にさせてしまったのは残念でならない。
もっとも、主人公でありながら保奈美との関係以外は完全に没個性だった巧が生き返り、柔道路線の中で冷遇されていた杉がエピローグで輝きを放つという効果はあったので、作者の試みが成功している部分もあるのだろうが。
 
それにしてもやはりあだち充を筆頭とした、爽やかスポーツラブストーリー路線、っていうやはりサンデー体質が見て取れ、全体としてライトな読み心地で読み込めたのは事実。
雰囲気としては、ゆうきまさみのお手軽さにも近いか。
塀内先生の感動路線や、水島新司のアクの強さに慣れきった俺には、少々物足りなさの残った感はあるが、感情移入するでなく、フワーっと読むにはいいのかもしれぬ。
ただ、こういう漫画は、自分で金出して買う気はしないが。
 
島本先生がサンデーからフェードアウトした理由もわかるってもんだ(笑)



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ウォンテッ!。

November 12 2004 22:07

あちこちのレコード店(オンラインを含む)を当たっているものの、
Dr.Productionからリリースされた7inch盤の”Woman deh Ya”リディムのやつが見つからない。
リリースされてあっという間にSOLD OUTしたっぽく、
ジャパレゲコレクターとしては痛恨の一撃。
オークションにも出てこないし。
意地でも探し出してやる(謎執念)。
 
もっとも、生活費が厳しく、レコ買ってる場合では無いというのも事実なのだが、
そこはそれ、on the Radioでも毎回ジングルってる通り、No Music No Lifeなわけで。
音楽費用は仕方ないのですよね。
生活そのものの余裕よりも、精神的充足を選びましょう。
ってことで納得せぃ(俺に)
ボロは着てても心は錦。先人の言葉は正しい。



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話題沸騰。

August 02 2004 15:20

頑張れ白骨温泉。ホネツギマンのために。
 
超B級ハリウッド映画「ホネツギマン」の公開を目前にして、協賛の白骨温泉が例の問題で揺れているため、無事公開できるか危ぶまれているらしい(予告編に白骨温泉の推薦文が載っているため)。
だけどなぁ、みんなしてケツの穴のちっちゃいこと言うなよなぁ。別に色着けるために入浴剤入れたくらい何だってんだよ。水道水に入浴剤入れたってんなら、そら問題だろうが、温泉に入浴剤入れたくらいじゃ、むしろ温泉本来の浴効に入浴剤の浴効もプラスされちまったぜラッキー♪くらいに思えないものか。
この程度のことじゃ俺らのホネツギマンはくじけない(はず)!
史上最高規模のB級超大作として話題独占間違い無しだ!
進めホネツギマン!ハリポタも華氏も目じゃねぇぜ。



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最強は誰だ。

July 13 2004 02:03

復刊した「漫画アクション」。

蓮池透氏原作のドキュメント『奪還』を看板に社会派コミックとして復活をとげ、けっこういろんな番組で採り上げられたんで、けっこう知名度は高いが、たしかにこれ面白いんだ。
復刊1号から全部買ってるけど。
 
そん中で相原コージの「真・異種格闘大全」ってのがおバカで面白いのよこれが。
人類最強を決める大会で優勝した主人公が、生物最強の座を賭けて各野生動物と格闘するというトンデモなストーリーだが、動物の蘊蓄たっぷりで、ガッテンガッテンガッテン(叩)ななるほど感なのだ。
相原コージはかなり嫌いだったんだが、見直しました。
今1回戦でカバと戦ってるんだが、どうなることやら(笑)



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平岸ラバダブ・ナイト。

June 29 2004 22:56

俺に牛丼を喰わせろ~~!!
吉野屋の前を通る度に出る牛丼禁断症状。
まだまだ遠そうな牛肉の輸入再開。
BSEでも何でもいいから早よ牛丼出さんか~い(殴)
あぁ俺は牛丼ジャンキー。
 
 
謎の店・文教堂書店平岸5条店。
普通、本屋の中のレコ屋なんて、愚にもつかないメジャーCDしか置いてないってなもんじゃぁないのよ。
それがここの文教堂は、売り場自体は小さいくせに、大量のレゲエ、HIP HOPのアナログ盤とCD。
普通のJ-POPなんっつーコーナーも一応少しあるけど、そんなとこ、誰も客いないの(笑)
レゲエに関してはCISCOなんかより全然多いもんなぁ。
リディム別に並んでたりとか、かなり詳しくないとできない売り方してるし。
余程詳しい店員がいるな、さては。レジ前に大量にMix Tape積んでたりするし。
 
というわけで、Mix Tapeを2本買ってみました。
NINJA FORCEの「SUPER JAP」とSAMURAI SUPER POWERの「サムライ外伝Ⅲ」。
どっちもジャパDJのDUB満載。
それにしてもこの店はヨイ。
噂のカレーの店プルプルも行ってみなきゃ。



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ミモー。

April 30 2004 23:04

新聞を読んでる途中、何気に目を下にうつすと、衝撃的な本の宣伝が目に飛び込んできた。
「あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度」

!!!!
 
「日ペンの美子ちゃん」なんて単語を聴くのは何年ぶりだろうか。
我々の世代(から15歳くらい上まで)には知らない人はいないほどの有名キャラでありながら、漫画であることを目的とした漫画でないがゆえに、全く顧みられることのなかった存在、日ペンの美子ちゃん。
それがこんな形で陽の目を見ることになろうとは!いやぁ、読みてーなぁこの本。売れてるんだろうか?本屋で見た記憶が無いが。今度見に行ってみよう。

っつーか、今もまだ少女漫画雑誌の裏表紙には美子ちゃんがいるんだろうか?
まったりしてて好きなんだよこの漫画。
まだやってるならちょっと読みたいなぁ(笑)
 
 
っていうか、タミヤのモ子ちゃんにはこういう本が出る予定はないのか?
実は子供の頃モ子ちゃんファンだった俺。5年くらい前にどっかのデパートの特設会場でやってたタミヤ展で、久々にモ子ちゃんを見た。
あの時からひそかに、モ子ちゃん復刻!を願っている俺(笑)



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アタリーパー・ホールド。

January 30 2004 11:29

BOOK OFFで買ってきた『ジョークとトリック』って本を読んでるんだが、その中に語呂合わせに関する項があって、著者曰く「「する」という言葉を縁起が悪いとして「あたる」に言い換えることがある。「スルメ」を「あたりめ」、「すり鉢」を「あたり鉢」と言ったり、「スリッパ」を「アタリッパ」と言ったりする」。
いや、言わないだろ、アタリッパ。
 
言葉に関する話をもう一つ。
俺が高校生の時。第一に行ってた友人(女)が、ロッテリアのことを「ロッテリ」と言っていたので、「をぉ、なるほど」と思い、それ以来俺もロッテリで通しているのだが、前、誰かと話していたときに、
ロッテリはおかしいだろ。一文字しか略してないし。
と言われたのだが、ロッテリ派は意外と少ないのか?
そーいや聴いたことがない気もするが、ロッテリの話なんかする機会がないからよぅわからんで困っている。



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