カテゴリーアーカイブ: 自分という存在。
June
14
2012
18:46
粋に生きたい。
と、
ここしばらくずっと思っているのだけれど、
粋に生きる、
ということは、
格好つけたり、
格好良く見せようとすることなんかではなくて、
格好悪くたっていいじゃん、
と割り切って、
格好悪くこだわりを追求することだと思うので。
やりたいことを、
やりたいように、
やるための、
そんな言い訳を用意して、
そんなら、仕方ないよね。
なんつって、
自分に甘く甘く生きる。
そんなのを貫くのも粋かな。
どうかな?
June
11
2012
10:17
書きたいことはいろいろあるのに、
とかく時間が無い。
仕事はまた忙しくなってきたし。
EUROは始まっちゃったし。
週末は泊まりがけで役職者研修だし。
自由が利かないってのは、
人間として不自由だな。
自分が、
やりたいことや、
会いたい人や、
聴きたい音や、
そういうものに支えられているんだなとわかる。
しなきゃいけないメルも10通くらいたまってて、
まとめてできる時間にやろうと思ったら、
結局そういう時間がないままに、
次から次へと増えていくとか。
段取りが悪いのかな俺。
感謝と、
希望と、
そういうのだけでなんとかやってきて、
これからもそうやってやってくって決めてる。
そんな中での、
いろいろな諸々は、
いろいろな諸々に繋がっていて楽しい、って。
楽しみ尽くすための時間がもっと欲しいな。
その中で、
5年後を見据えた仕掛け。
そのための忙しさとか。
ワクワクさえあれば、
人間は生きていける気がする。
どうかな?
April
24
2012
02:18
世の中は、なんだか嫌な事件ばっかりで、
眼鏡の鼻当てのビスが飛んで壊れちゃって、
それでも眠れない夜は、
電気を消してセツナ系を聴いてぼーっとして、
昨日買ったレタスは夕食で全部食べ尽くして、
今夜も6km走った身体はいまいち動きにキレがなくて、
それでも眠れない夜に、
考える昔のいろんなこと。
なんだかなー。
いくつになっても、
結局は何も変わらないから、
こんな夜が、
なんだかなんか懐かしかったり。
寝なきゃ寝なきゃ。
って思うのは、
大人の事情。
思い始めたのはいつだろう?
事情はいつでも、
誰かの都合。
ねないでいたら。
明日はどうだろう?
April
20
2012
09:24
今夜は珍しく仕事が早く終わりそうなので、
壮行会の前に、いつものBARへ飲みに行こう。
何年か前までは、
オーセンティックでヲトナなBARは、
どっちかってーと憧れの存在だったけど、
今はすっかり、
当たり前のようにさらっと入って、
当たり前のようにしみっと飲むようになって、
大人になったから?
人が基本的に嫌いで、
店員とかとの会話をしたくない俺でも、
マスターとの酒談義もさらっとできるようになって、
なんだか、
ずいぶん。
さらさら。
しみぢみ。
いろんなことをさらっとかわせるようになって、
そんなのがヲトナだってんなら、
別にヲトナになんてなりたかねんだけど、
さらっとした後に、
しみっと浸ったり何だったり、
それは、染みるから、
さらっとして、しみっとするのがヲトナだってんなら、
ヲトナになって楽しいな。
齢を重ねれば、
諦めたりとかしなきゃいけない状況もあったりとかして、
そこんトコの物わかりも良くなったりとかして、
そんで、
しみぢみして、
泣いて、
笑って、
噛み砕いて、
たっぷり咀嚼してそれを栄養にすんなら、
どんな、
悲しみや、
苦しみや、
そんな諸々も、
悪いもんじゃない。
さらっとして、
しみっとして、
それを繰り返して、
視野は広くなってる。
うん、
いろんなことは、
そんなに悪いもんじゃない。
さらさら。
しみぢみ。
そうやって行こう。
February
28
2012
21:21
ANGEL BEATと銀色夏生で情操を育んだら、
こうなるという典型。
そんなDです。こんにちわんコーラ。
仕事が終わりそうになかったので、
たった今帰ってまいりました。
終わりそうの無いものは明日にしようがDの主義。
そしたら。
ちょうどゆうパックのおぢさんと鉢合わせ。
ネットでオーダーしたシャルトリューズのヴェールが届いたー。
今日はしっかりナイトキャップであるぞ。
なんだかいろいろのアレコレで、
無限ループ。
なんだかデジャヴュみたいなモヤモヤの中で、
先週の金曜日に戻る。
子供の頃は、
「ふりだしに戻る」
にも笑ってられたけど、
この歳になるとそうもいかない。
自己嫌悪は自己愛の第一歩だからさ、
ふりだしだって、ホントは怖くないんだけど。
だけど。
酒飲んで、
ボブでも聴いて、
死んだように眠れば、
気付いたらまだ自分の番だってさ。
んなもんだな。
飲むとするか。
February
19
2012
06:57
俺はすごいわがままで、自分勝手で、
んで困ったことに、
そんな自分が好きだったりもするのだけれど、
でも、
どうしても口に出したくなるようなナンヤラカンヤラも、
それで相手の迷惑になるなら、
きちんと抑え込むだけの分別は持ってるつもり。
そんな物わかりのいい自分が、
物わかりの悪い自分と喧嘩をする。
そんな時、
物わかりの悪い自分のほうが、
ホントは少し好きだったりはするんだけど、
でもやっぱり、
そういうわけにはいかない部分もあるじゃない。
ねぇ?
人間は、結局は、瞬間の積み重ねだから、
タイミングだとか何だとか、
そういうものが、ある。
覆水盆に返らずって言葉があるけど、
でも、
地面に染みた水は、
時間をかけて蒸発して雲になって、
そんで、
元とはちょっと違う形で戻ってくるんだぜって。
って。
正直、
酒飲みながら書いてると、
何書いてんだかわかんなくはなってくるんだけどさ、
とは言えさ、
酒飲んでなくても、
いつも書いてる途中に何書いてんだかわかんなくはなってんだけどさ。
でもさ、
今日、マサーコとサウンドノベルの話したから思うんだけどさ、
いつもいつも、俺らの生活には選択肢があって、
そんで選んだ選択肢によって後のストーリーが変わってきちまう。
どうせ戻れないんだからさ、
後悔なんてしても意味ないし、
むしろどういうエンディングが来るのかを楽しみにして、
そん時そん時のいちばん自分が満足できる選択肢を選ぶしかないじゃん。
フラグの立て方によって選択できなくなる選択肢もあれば、
フラグの立て方によって選択できるようになる選択肢もある。
今だけじゃない。
今のいろいろが、5年やら10年やら、ずっと先に続いてる。
そう思えばさ、
でっかいアレコレも、
ヒミツのアレコレも、
くだらないアレコレも、
全部、
全部、
何がどう変わって、
何をどう楽しんでいけるのか、
すっげーワクワクじゃない?
結局はさ、
自分をもっと満足させるために、
って、そういうわがままな自分。
わがままな自分も好きで、
わがままな他人も好きで、
ヲトナのわがままってのは、
魅力に満ち溢れてんだぜ、
って思うのは、
どうだろう?
February
08
2012
18:11
ほんとにさ、
音楽と、
サッカァと、
旅と、
そしてたまの酒のことだけ考えてれば、
それで幸せだっていつも思う俺は、
どうやって、
生きればいいかな。
胸を張れない生き方を、
胸を張って生きるって、
そうやってきたけど、
それでも、
いいよね。
February
03
2011
23:40
雪のふるふる。
毎朝起きて、
雪が多くて、
車は混んでて、
みんなイライラしてて、
俺もイライラしてて、
そうやって過ぎる毎年の冬。
交通費はかかるし、
燃費は悪いし、
部屋は寒いし、
雪は嫌だね~、なんて隣の人と話す毎年の冬。
でもたしか、
子供の頃は、
雪が大好きだった。
いつからか、
何かが変わって、
しない言い訳や、
できない理由探しばっかしてる。
やりたいことは、
たくさんあるのに、
ね。
何も、
考える、
ことなんか、
無い、
ん、
だ、
ぜ。
October
06
2010
23:58
ある人が、
「人生はつまらない」
って言ってた。
すごいなぁ。
って、
思う。
つまらないって言えるのは、
楽しいことを知ってるからで。
楽しいことを知らなければ、
そのつまらないことが普通であって、
それがつまらないなんて気付かないで終わる。
僕はまだ、
人生がつまらないと思えるほど、
楽しいことを知らない。
だから、
まだ世の中には、
わからないことがいっぱいなんだって気付いて、
楽しいこと探しをする。
でもなかなか、
人生をつまらないと思えるほどの楽しいことが見つからなくて、
いろんな、
新しいことの、
繰り返し。
出会ったり、
別れたり、
狂ったり、
壊れたり、
泣いたり、
笑ったり、
転げたり、
そんなこんな。
楽しいことを知らないのに、
つまらないなんて言うなら、
それは非論理だし、
楽しいことに眼を瞑って、
つまらないふりをするなら、
それは欺瞞だ。
そんなこんなでも、
人生をつまらないと思える程の楽しいことが見つからない僕は、
とても不幸で、
とても幸福で。
明日が明後日のためにあるのなら、
意味の無いことも、
全て、
意味があるって、
そういうことよね?
September
29
2010
18:24
思えば子供の頃から、
「他人を見下さないように。他人を尊敬するように。」
と教えられてきて、
それは少なくとも、
およそ通常の日本人が持つ共有の価値観であるように思えるけど。
気付いたら僕は、
いつでも他人を尊敬していたし、
いつでも他人を見下していた。
僕は、子供の頃から、得意なことと苦手なことがはっきりしていた。
勉強は大嫌いだったけど、それでも学業はいつでも優秀だったし、
いろいろなことを計画して、作り上げるのも得意だった。
でも、
スポーツが大好きなのに、友達と比べて全然上手くできなかったし、
みんなで仲良くしたくても、人と仲良くなるのがとても苦手だった。
だから、
スポーツができる人や、
誰とでも仲良くなれる人を見ると、
すごいなぁと思うし、羨ましくもある。
でも同時に、
自分にはそのぶん、これができるんだぞ、
という気持ちも生じたりもする。
結果、
自分にはあの人ができないこれができる。すごいだろ。
あの人は自分ができないあれができる。すごいなぁ。
そうやって、
いつも思う。
所属してるサッカーチームで、
チームメイトのことをいつもすごいすごい言ってる僕のことを、
みんなは「いい人だ」と言う。
でも、僕はいい人なんかじゃない。
「他人を尊敬する」気持ちの裏にはいつも、
「他人を見下す」気持ちがコバンザメのように付いて回ってる。
昔付き合ってたコがいつも言ってた。
私は何もできないから、他人に迷惑をかけてばかりいるダメな人間だ。って。
私は頭が悪いから、頭のいい人を憎く感じる時がある。って。
本当は、そのコは、僕から見て、
平均よりもずっとずっと頭の良い、何でもできるコだったけれど、
ちょびっとだけ、自分に自信が無かったんだなぁ。
僕はいい人なんかじゃなくて、
自分ができることの故に、自分ができないことをできる人を愛することができる。
そんなどーしょもない人間で。
少なくとも僕には、
「他人を見下すな。他人を尊敬しろ。」っていうのは、
無理だよ。
100%相手を仰ぎ見る行為は、100%自分を卑下する行為。
自分を愛せずして、他人を愛することは、
僕にはちょっとむつかしい。
宗教家には、なれないな。
でも、
阿Q正伝の言ってることは、
あながち間違いばかりでも無いんだぜ。
物事は、
足してみりゃ、いつもイーブン。