グダグダSp。
たらふく飲んだ翌日の仕事はつらいなぁ。
体がだるい…
目つぶったら確実に寝れるなこりゃ。
いろんなものを踏まえた上で、
どんな希望も押し殺した場所にこそ、
希望が、あるのかも、しれない。
日々反省だ。
日々成長だ。
新しく見えたものを1つ1つ確実に毎日に活かしていくしかない。
やれるだけのことをやるのだ。
たらふく飲んだ翌日の仕事はつらいなぁ。
体がだるい…
目つぶったら確実に寝れるなこりゃ。
いろんなものを踏まえた上で、
どんな希望も押し殺した場所にこそ、
希望が、あるのかも、しれない。
日々反省だ。
日々成長だ。
新しく見えたものを1つ1つ確実に毎日に活かしていくしかない。
やれるだけのことをやるのだ。
こう見えてもさ。
先々まで気にして、
んで慎重に慎重を重ねて、
今多少損をしてでも、
後々出てくるであろう障碍を早めに片付けておきたいわけで。
それが俺のいちばん悪いところ。
自分の先の道をイメージして、
そんでそこまでの地均しを早め早めにしてもさ、
結局何かの拍子にその道自体が少し変わっちまって、
そんで目線が定められずに右往左往とか。
2つ以上の道を同時に見据えて両天秤にかけれるほど器用じゃなく。
現実を理想に近付ける信念で生きてるけど、
たまには理想を現実に近付けたくなる弱気も、出る。
でもさ。
それができないんで。
所詮不器用なガキなんで。
泥をかぶってでも真っ直ぐ突き進んで、
そんでいつもいつも失敗して。
それでもその姿勢を貫くことが大事かなと今は思う。
こっちがダメになった時のためにこう、とか。
そんな保険を考えたくはないんで。
全力。
それしかないじゃん。
へい、だにえる。
必要なのは微調整。
意図のキャッチが重要で、そうすれば何とでもできる。
何とだってできる。
一瞬の横風は、
そうやって越えて行こう。
一度したことは、
もう二度とはしない。
今は学習能力も、
それを実行する意志の強さもある。
それは自信がある。
万物は流転するので。
そろそろ動く頃かと思う。
昨年は動いていろんなものを動かして今に繋げたので。
もっと。
もっと。
貪欲に回していくという選択。
人間の手の届く範囲というのは決まっていて、
新しい場所に足を踏み入れるなら、
それと同じ分だけ捨てなきゃいけないものもある。
その覚悟はある。
というよりも、
万物は流転する以上、
それは当然のことと思うので。
かき混ぜるのをやめて、
澱んだ水の底を避けるよりも。
そうだろ?
中途半端に埃をかぶった大事だったものよりも、
ピカピカで未知数の何か。
積み上げるのが全てじゃなくて、
移し替えるって選択を、
今の自分は覚えた。
シャッフル・ライフ。
面白き事も無き世を面白く。
それはいつでも引きずった過去の何かを捨てるトコから始まる。
有即是無。
無即是立。
立而生、生而跪。
跪而倒、倒而還。
俺は誰で、
誰は俺だ。
ローンインザダーク。
いつでも背中から追いかけてくるものは一緒。
どうしても1つだけ引っかかっていたたった1つが半ば解決して、
そんで自分の中の焦燥とか、憂鬱とか、コンプレックスとか、
そういうものがほとんど消え去って、
そういうものに支配されていた自分の中のナンヤラカンヤラは、
すっかり形を変えて、
あの頃に戻った。
まだまだ100%全てが溶けたわけじゃないけど、
でも、
少しの我慢であの頃に戻れるのは意味がある。
だけどさ。
その1つを解決するために、
自分がいちばんいい自分でいられるために、
その道程で生み出した様々な歪みやら障害やらが、
その道自体の姿を変えてしまって、あの頃のいい自分に今戻れてるといっても、もはや手遅れ?
たった1つが、
こんなにも、
こんなにも続いてる。
ジャブのように、
じわじわと膝に効いてきて、
立ち直れないくらいのダメージになってる。
今の自分はすごくいい状態で、
何をどうにでもできるんだけど、
それが今どうをどうにもしようがないことはわかってるので。
たった1つが俺の人生にジャブを打ち込み続けたように、
俺は俺のたった1つをジャブのように打ち込み続けるしかないので。
今は本当に全てを受け入れられるので。
ありのままだ。
明日を夢見た人間信者は明日の死を待つ自殺志願者に。
息を止めて心を開いたら、
明日を呪う人間不信者も明日を夢見る人間信者に戻れるかな?
自殺志願者も永久幸福論者になれるかな?
なれるかな?
なれるよね?
うん。なれるさ。
左心房から白血球や赤血球と共に送られるものは?
体調が良くない。
良くなる傾向が無い。
っつーか明らかに悪化?
今日がピークであることを祈りつつ。
そしたら明日からは良化傾向だ。
働きながら治ーす!
やるしかないよね。
そうなんだよね。
昔がそうだったんだからできるはずだ。
どんな喜怒哀楽も捨て去って、
ただここにいるしかない。
そうして審判を待とう。
できるだけのことはやる。
30年でも、
50年でも、
生きてるうちは大丈夫。
幸せと不幸はいつでも表裏一体だ。
同じものでも、
角度一つで、幸せにも見えるし、不幸にも見える。
そうやって一つのものが、
誰かと誰かにとって、逆の意味を持って、
そして、離れていく一方のその距離は、
お互いの絶対値分を足した数。
そんなものは、
ある日偶然見る角度が変わったりして、
そんで見方が裏返ったりするものなのに、
人は、自分から立ち位置を変えようとはしない。
それだけで、
意外と全部が済むことだったりしても、
人は、今の立ち位置を正当化するために、
立ち位置を変えようとは、しない。
そしてそのある日が来て、
とりかえしのつかないことを知る。
昨日あった幸福と、
今日ある不幸。
そんなものは、同じものだ。
同じものを、同じと気付かなかったのが悪いのだ。
人である以上、不可避なことと、
人であるから、避けたかったこと。
それがいつでも同一なので、
人はいつでも、苦しみながら、生きる。
不幸においては、過去の幸福こそ不幸を感じる最大の素因。
幸福においては、過去の不幸こそ幸福を感じる最大の素因。
そんなものだ。
何もかもに意味など無い。
今日の無い明日が来ることのみを祈る。
うまく行きそうでうまく行かないもの。
どうしてかな。
これ1つさえクリアできれば、他は全部問題ないのに。
という状況の中で、
でも往々にして、
その唯一の問題が、どうしてもクリアできなかったりする。
どんなことでも我慢できたり、
どんなことでも笑っていられても、
ただ1つのできないことだけが、他を全部ダメにするとして。
人には、
できることとできないことがあって、
それは、
人それぞれ、
違う。
他の人には例え簡単にできることでも、
俺にはできないことは、
やっぱどうしてもできないことは、ある。
その1つが、
他の99を邪魔しているということ。
気付いているから、
つらい。
どんなに前に進んでも、
100じゃなければゼロ。
としたら、
結局は賽の河原?
万事が、結局はそんなものかな。
できない1つのために、
何かを失うのは仕方ないことなのかな。
納得はしたくないけど、
しなきゃいけないなら、
するしかない。
俺はそんなに頼りないかい?