絶望と希望。
ぐっばいまい想い出。
いいのも、
悪いのも。
人は捨てなければならない時がある。
想い出を大事にするからこそ、
捨てなければならない。
すごくジレンマで、
つらいけど、
仕方ない。
上書きするまでは、
きっと苦しみにのたうち回っても、
生殺しより全然いーのさ。
ぐっばいまい想い出。
いいのも、
悪いのも。
人は捨てなければならない時がある。
想い出を大事にするからこそ、
捨てなければならない。
すごくジレンマで、
つらいけど、
仕方ない。
上書きするまでは、
きっと苦しみにのたうち回っても、
生殺しより全然いーのさ。
「One Love」、「One Drop」、「Get Up, Stand Up」、
「Jah Live」、「Buffalo Soldier」…
Bob Marley & The Wailersの名曲は数あれど、
俺の中で不動のNo.1なのは、今も変わらず、
「No Woman No Cry」
「No Music, No Life」でお馴染み、典型的なNo~,No~構文を直訳すれば、
「女性の無い涙は無い」
でも俺はやはり張り切って意訳したいの。
「女のコさえいなけりゃ、泣くこともないのにさ」
もうすぐ28だってのに、古くからの友垣は、いいトシして泣いたり笑ったり。
「この街の男は女のことで悩みすぎてる」(浜田省吾)
ってくらい、そればっかが結局男にとっては悩みの種。
いつもバカやって笑ってるあいつらが、
そんな時だけは沈んだ顔しちゃってさ。
気持ちは、わかるけど。
「男の子でも女の子でも恋に憧れて、
その後でハートブレイクして泣きながら」
(FLYING KIDS「男の子でも女の子でも」)
それでも、泣きやんだら、想い出に浸ってる。
俺らは、バカだから、そうやってしか、生きられない。
「女のコさえいなけりゃ、泣くこともないのにさ」
でもさ。
泣いたりしない人生なんて、つまんなくない?
生まれた時にはみんな泣いてた。
怖がることは、ないさ。
常識とか、論理とか、
そういう当たり前のことを当たり前に求めたって、
それがあるようなら最初っからこんなんなっていないわけで。
そんなこんなで一喜一憂して、
淡い期待ばっかになっちまって、
んで、自分の可能性やら自由やら食い潰してくくらいなら、
気持ち切り替えて、
捨てる物はちゃんと捨てていかなきゃいけねーんじゃねぇの?
怖いとか言ってられない。
期待は失望の種。
何をどうするかってのは、人によって違う。
外に向く人は幸福だし、
内に向く人は、不幸だ。
ついさっき。
疲れて仕事を終えて帰る途中。
いつも走る住宅街の中の小さな路地。
家の前で花火をやっている小さな女の子二人。
あぁ、もうそんな季節なんだなぁ。
自分の中の時間より早く、季節は移ろっている。
そういえば、花火をしなくなってどれくらい経つだろう。
子供の頃は、
「今夜、花火やろうぜ!」
なんて友達と話して、近所の商店に花火買いに行って。
そうだ、花火をやろう!なんて思わなくなったのはいつから?
何かに追われてばかりで、
そんな心の余裕も無くなっていたことに気付く。
何年か前までは、
誰かの隣で、夏という時間を楽しむこともできたのだけれど。
その時間の中だけに留まっていられることができたのだけれど。
花火しよっか。
なんて、
隣の誰かに優しい気持ちで言える日が再び来ることを。
昨日、とある人ととある話をしていて思ったこと。
結局、人間なんて、
それぞれがそれぞれの視点で、
何かを見て、何かを感じて、
んで、何かを信じて生きていくしかない以上、
究極なところを言えば、
そればっかりは他人とすり合わせることなんかできないし。
だったら、誰かと一緒にいるってのは、
違う視野を前提にしてやってくしかないわけで、
そこで、お互いの見てるトコってのが、
だいたいの方向が一緒でさえあれば、
歩を揃えて歩いてくことはできる。
でもさ、あまりにそれが別なんであれば、
自分の行く方向に行くべきか、
それとも相手に合わせて方向修正すべきか、
ウダウダ悩んじまって、
そんでそこで立ち止まって、なんて、
自分の可能性狭めてるだけじゃん。
いろんなさ、好奇心とか野心とか欲望とか、
なんだかんだいろんなアレコレで視野を広げることはできるけれども、
でもさ、その程度のパトスも無いのであればさ、
それはもう、自分の狭い世界の中に入ってくるものだけを見て、
そんでチマチマ生きてくしかないんで。
自分の中の芯を据えて、それを突き進むのは大事だけど、
それだけしか見えてないってのは、
それすらも見えてないってのが実際のトコだから。
どんなものでも、それ単体ではそれは規定できない。
他の物との比較によってのみ、その存在が規定される。
いろんなものを積極的に取り込むことこそが、
自分が一番大事にしたいものをより大事にする唯一の方法。
それは、
気付かなくては、
いけない。
嬉しいのに哀しくなるような。
哀しいのに嬉しくなるような。
物事は単純じゃないから、
だから面白いし、大変だし、心にひっかかるし。
嘆いてもしょーがないんで。
何かを生み出すということは、
結局は何かの犠牲の上に成り立っているので、
それをまるで心外かのように、
みんなの顔色を窺って笑ってばかりなんて、
間違っているのはわかっている。
わかってるんだけど。
どうして、こんなことが、
できないんだろうなんて、
悩んだり悔やんだりしながら、
それでも、
あっち行ったりこっち行ったり、
出口を探してうろつく毎日。
どうして、こんなことを、
みんなあんなに涼しい顔で、
当たり前のようにこなしていられるのか、
それが、
とても、
不思議。
とある日記を読んでふと思ったこと。
人は何でもかんでもその意味をすぐに探ろうとするけど、
でも実際は、点をたくさん集めることが大事なのかな、と。
今は、その一つ一つの意味が見えなくても、
そんなんはスーラの点描画みたいなもんで、
いざたくさん集めてみて、離れて見てみりゃぁ、
それら全てが自分という全体を浮かび上がらせてるんじゃん、って。
いくら一つ一つの点の意味を理解していても、
総数が少なきゃ、結局は小さくて単純な絵にしかなんねーし。
だから、今はまず、貪欲にいろんな点を取り込んでいこうかな、と。
一歩引いて眺めるのはまだ後でいーや。