カテゴリーアーカイブ: 思う。
May
05
2008
14:16
俺は結局、
自分の精神宇宙に生きる人間なので。
自分が日々、
何を考えているか、
何を感じているかが何よりも重要なので。
ある日、
俺が死んで、
俺の生きた証は何かかにかの形で残るんだろうけれども、
俺の精神宇宙が残らないのなら、
むしろそっちのほうが不満なので。
だから、
その日のために、
その時その時思うことを、
その時その時考えることを、
まるまる遺しておかなければならない。
特に最近は、
その気持ちが特に強いんだな何故か。
だから、
俺の書く文章は、
絶対的に、
俺の遺書だ。
たとえある日俺が死んで、
何日か後にはみんなすっかりそのことも忘れてしまっても、
誰かの無意識の底の底に、
俺の精神宇宙の理の一欠片の断片だけでも、
遺すことができたら。
それが誰かの人生の中に、
たった1秒だけでも、
なんらかの影響を与えられたら。
そんなに嬉しいことは無いさ。
May
04
2008
15:31
例えば俺が死んで、
それを聞いて泣いてくれる人はきっと何人もいるだろうな。
でも、
1週間経ってもまだ、
日常の生活の中で、いつも俺を思い出して泣いてくれるって人は、
きっと一人もいないな。
人間ってそんなもんかなって思ってたんだけど、
そうじゃないことがわかったんだ。
俺だけが単に、その程度の人間なだけだってことが、
わかったんだ。
まだまだ誰かを大切にできてないからなのかな。
そうなのかな。
そうだったらいいな。
May
04
2008
08:41
頭の中の座標に、自分を取り巻くなんらかんらの事象をポインティングしてみた。
中央に俺がいて。
その隣にはあのコがいて。
南にはアレがあって。
北北東にはソレがあって。
西南西には誰がいて。
そんで、
ある日北風が吹いたらどうなるかな?
寒い寒い、なんつって、
あのコは俺とぎゅってくっついてあったまるのかな。
それとも、
お互い分厚いコートを何枚も着込んで、感触がわからないくらいになっちゃうかな。
だったら、
北風は嫌だな。
でも、
太陽が照ったら、
暑い暑い、なんつって、
あのコは俺とは触れたくないってさ。
だったら、
北風でいーや。
ね。
いつも分厚いコートを着込む君。
May
03
2008
21:05
一昨日も、
昨日も、
今日も、
今いる場所がゲッセマネの園かなんて、
きっと誰も気付かずに、その日は来る。
そして気付くのな。
誰がユダ。
誰がイサク。
誰がパウロ。
あのコはどの役回り?
こうしておけばよかったとか、
ああしておけばよかったとか、
妄想だけなら何とでもできるさ。
覆水は盆に還らないけど、
覆水が地に染み渡って、
何かを芽吹かせることだってあるかもな。
俺の覆水は、
何かを芽吹かせたかな?
それは今どれくらいかな?
見えるかな。
見えるかもな。
うちにある観葉植物は、
気付いたら少し枯れてたよ。
水をつがなきゃ、
こぼすことすらできないんだぜ。
May
03
2008
12:48
メンタル。
フィジカル。
プライヴィットがうまく行かないときに、
熱出しながら仕事をしてると、
だんだん自分の中の何かが麻痺してきますよっと。
1+1=2。
だい+ダレイオス1世=米騒動。
愛情×愛情=支離滅裂。
純情÷感情+1/3=自己嫌悪-自己愛。
愛情×愛情が幸福ならいいのにな。
支離滅裂な自己嫌悪と自己嫌悪がいつでもヘロンの定理上で純情と感情を圧迫するのな。
幸福は誰にでも同じじゃないから、錯覚だとあのコは言う。
幸福は誰にでも同じじゃないなら、きっと同位角なんだよと俺は答えたんだけど、
納得してくれなかったな。
形は一緒なのに、
対頂角みたくいつも刺すようにぶつかり合うしかできなかった二人。
鋭角すぎるから良くないんだぜ。
って。
って。
癒やしが必要sa。
May
03
2008
09:16
今まで、俺のことを好きだと言ってくれた何人かの女のコたちの気持ちが、ようやくわかった気がする。
人は、
心の中に永遠の誰かを棲まわせてはいけない。
それは、
未来を閉ざす、
意図的に足を止めることにすぎない。
自分にとっても、
誰かにとっても、
それは不幸なことだ。
心の中の誰かは、
心の外にはいない。
現実は、
一秒一秒、
圧倒的な力で人を押し流していくわけで、
その世界の中で、
変わる景色と共に、
立って歩いていかなければならない。
今いる場所が今歩いている場所で、
それは心の中の場所とは違うのだ。
今ある現実を、
これから来たる現実を、
その変わりゆく景色の中で、
どう立っていくか、
どう歩いていくかが重要なのだ。
進行形を否定して、
過去形の時制の中でだけ生きることは、
それは現在の自分を正しく見ていない、
現在の景色を正しく見えていないということで、
時系列のどこか1地点に、
たった一人で棲んでいるだけだ。
現在に生きていない人に、
いくら現在を説いても無意味。
なぜなら、
現在に生きない人にとっては、
現在の景色こそが虚業なのだから。
それは、
誰にとっても不幸なことだ。
誰にとっても不幸なことだ。
俺は、
そんな不幸を振りまいてきた。
今、同じだけの報いがやってきている。
それを受けた人がいるのなら、
俺もそれを受けなければいけない。
それが確実に、
俺が生きていく上で背負わなければならない十字架だということは気付いた。
だということは気付いた。
April
24
2008
20:31
先日、
9年間ご無沙汰だった旧友からメール来たる。
昨昼、5年ぶりの旧知らしき(確信は無い)姿を見かける。
昨夕、6年ぶりくらいの妹分からメッセ来たる。
どういうターム?
何かが終わったら、
何かが始まるってさ。
始めるために、
何か一つの形を終わらせるという選択。
リストラクト。
リアポイント。
March
22
2008
18:56
人間はとても便利な生き物で。
嫌なものを見ないように、
眼を瞑るという選択が許される。
ただし、
眼を瞑っている間、
どんなに見たいものも見ることができないというのも事実。
何かを見るために、
嫌なことを受け入れて生きるか、
何かを見ないために、
喜びを諦めて生きるか、
選択は、
2つに1つ。
人間には誰でも、
どちらかを選ぶ権利がある。
とても便利で、
とても不便な、
そんな生き物で。
March
21
2008
20:59
変化について行けてないのは、俺だ。
いつぞや決めた、
自分の全部を捨てる決意、
無理矢理そうやってやってきたのをすぐに戻すのは頭がなかなかついていかないわけで。
そんで、
29年間の俺と、
今の俺。
なんかどっちつかずになってるな。
何ヶ月間かで変えたものだから、
同じだけかかるかもな。
ちょっとずつ。
そんでさ。
「ごめんね」と「ありがとう」を繰り返せばいいんだよ。
その比率は五分と五分に限りなく近いけど。
ってRADが言ってるけど、
最近の俺は、
ありがとうばかりで、
ごめんねが言えてないなぁ。
変化に戸惑って、昔みたくなれてないかなぁ。
だから。
ごめんね。
ごめんね。
ごめんね。
ごめんね。
そしてホントにありがとう。
少しは追いついたかなぁ?
March
15
2008
15:55
時期はずれの雨。
こんな早い時期に雨が降るなんてあまり記憶にない。
雨の日の思い出にはろくなものがない。
たしかあの日の品川も雨だった。
雨の日に楽しかった思い出は、
たった2つ。
どっちも、
今につながってるかな。
雪も、すっかり溶けてきたな。