トラスト・憂。
誰かの誰かによる他の誰かのための生き方なんて、まっぴら。
俺が俺のために何かをして、それが他の誰かのためになんてなるわけねーし、
もしかしたら俺のためにすらならねーかもしれねーし。
そんで、うんぬん。
出会いの先にあるものは、多種多様。
それをどう感じ、どう受け容れる?
信じるしかできないから、それでいい。
誰かの誰かによる他の誰かのための生き方なんて、まっぴら。
俺が俺のために何かをして、それが他の誰かのためになんてなるわけねーし、
もしかしたら俺のためにすらならねーかもしれねーし。
そんで、うんぬん。
出会いの先にあるものは、多種多様。
それをどう感じ、どう受け容れる?
信じるしかできないから、それでいい。
なんだか懐かしいなぁ。
いろんな思い出が詰まっていて。
いい思い出も。悪い思い出も。
いつだかの1月だか2月の早朝のあの場所のことは、
少しずつ色褪せながらも、まだちゃんと覚えているし。
もちろんその前のいろんなことも。
今では、店もほとんど変わって、
記憶に残る風景のほとんどはもう無くて、
俺の中のあの頃の気持ちが、拠り所を無くして。
「まだ覚えている」なんて、
その言葉の意味を、まだきちんと消化できないのは何故。
もともとは全く同じ一つのものを指していたお互いの記憶が、
今では違った色を持って、違った空気感を持っているんだろうし。
手を伸ばしても、何もかもがもうずっと先に進んでいる。
記憶と現実をリンクしようなんて、そんなのは、
無意味で、
無力だ。
欲しくても手に入らないものがあった時。
手に入らなくても欲しいのか、
手に入らないから欲しいのか、
そのへんの線引きはきっちりとする必要がある。
今日、レジ上げなぞをしてる時にカヨちゃんと話したこと。
若い頃は友達の大事さってそんなに実感しないんだけど、大人になるとだんだん身に染みてわかってくるということ。
うーん同感。
つってもカヨちゃんはまだ23だけども。
そんで話したのは、
俺ってこういう性格だし、
友達少ないほうだと思ってたんだけど、
意外とそんなに少ないほうでは無いのかも。
多いほうでは決して無いけれど。
そしていつも救われてばかり。
感謝してます、まいふれんど。
この場を借りて。
いつか、その分だけちゃんと返せるようになるから。
世間的に許されないことと、
環境的に許されないことと、
自分的に許されないことは、
それぞれ少しずつズレがあるから、
そのズレてる部分をどうしたいのか、
それはしっかりと考えて欲しい。
世間的にも環境的にも許されないけど、
自分はきちんと納得してできること。
世間や環境に盲目的に合わせるんじゃなくて、
自分の中でそれが大切な自分の一部ならば、
世間や環境に対して上手に隠匿しながらの、
密やかな楽しみってのを、大事にして生きたい。
それは、これからも、変わらない。
若い頃はさ、夜中に電話して、話すことも尽きずに、受話器持ったまま二人とも寝ちゃったりとか。
それが、今は、そんな情熱は、きっと、持てない。
人間の心にキャパがあるとすれば、あの頃のそんなスペースは、今はいったい何が占めているのか。少しずつ、いろんなものに均等に割り振られたりしてるのかな。
大事なものを一つ得たら、大事なものを一つ失う。そんなことはわかってるんだけど。
あの頃のあんな気持ちが懐かしかったりもする。
風はまだ冷たかった
僕ら初めてキスをした
それでも、それだけで、ぬくもりがふたり包んでた
秘密を打ち明けるようにして身体重ねあった雨の日抱きしめあって、確かめあって、それが恋だった
言葉だけじゃ足りなかった
疑いあって、傷つけあって、それが恋だった
君はひとりで街を出た僕だけが街に残った
胸に詰まる若葉の青
あれから、ねぇあれから、この季節が来るたびに抱きしめあって、確かめあって、それが恋だった
満たされるものじゃなかった
疑いあって、傷つけあって、それが恋だった
あのまま時は止まったいとしさに声は枯れた
孤独が僕を放さない
今でも、これからも待ちきれなくて、待ちきれなくて、それが恋だった
誰かのためじゃなかった
それが恋だった
(谷口崇「それが恋だった」)
自分のいろんな率直な思いとか、そういうの。
状況が許さないことだって、もちろん、ある。
だから言ってみたいのさ。
「生まれ変わっても一緒にいよう」
じゃなくて、
「生まれ変わったら一緒にいよう」
なんて言葉、知ってたかい?
さぁ、童謡の時間だよー!
僕らはみんな、生ーきているー♪
生きぃているから、
欲望に心を縛られたりして、いろんな大事なことを忘れて、誰かを傷つけたり、そのくせ、それでいてそんな自分を責めたりして、どうしようもない絶望に浸っちゃったりするけど、結局そんなの安っぽいヒロイズムだから、またすぐに同じことを繰り返したりしてるんだ。
僕らはみんな、生ーきているー♪
生きぃているから、
傷つきたくなくて、自分の本心に嘘ついたりして、今目の前にある困難をただ回避することが格好いいクールなやり方だなんて勘違いして、結局そこは、ホントに自分が行きたかった場所じゃなかった、なんて、そんな笑えもしねー状況を生み出したりするけど、今さら後悔しても遅かった、なんてことを、戻れなくなってから気付くんだ。
運命というものがあるとして、
人は当たり前に、運命の人じゃない人とでも、恋に落ちて、抱き合って、
ほとんどの場合、一生一緒にいるのは、運命の人じゃない人。
運命の人は、運命の人じゃない人と比べて、
落ち着くとか、心地よいとか、すごく不思議な感覚で、
その人こそが運命であることを実感したりするけれども、
だからといって、運命の人と、必ずしも恋に落ちるとは限らない。
守らなければならないものとか、
逃げられないものとか、
いろいろあるから。
でも、二人はそれに気付いてるから、
とても、
せつない。
再会して、いろいろ話して、そんで結局行き着いた俺の中の感情とか。
それは陰に陽に伝えたつもりではあるので、わかってるだろうけど。
でも、お互いにお互いの人生があるわけやし、そんなんは、それはそれ。
俺は俺で、すっげーいいコ(それでいてお前に似てないコ)を見っけて、
そんですっげー幸せになっから、お前もすっげー幸せになれ。
この件、以上。
えいや!って一歩踏み出したら、今いる場所はもう過去のこと。
振り返る必要も無い。
さぁ新しい一日。