カテゴリーアーカイブ: 思う。
January
15
2007
00:54
みんな元気そうで何より。
いつも言うことだけども、
人と人との関係というのは、奇跡よりも奇跡な確率なわけで。
日本人として生まれたこと。
ちょうど同じくらいの世代に生まれたこと。
そんで、これだけ広い日本の中から、
ちょうど同じ時期に札幌にいる確率。
そんで、数多あるバイトの中で、
競馬場を選ぶ確率。
そんで、巡回班に配属される確率。
全てを掛け合わせたら、
それはもぅ、塵芥とも言えるくらいの薄い確率。
そうやって出会った人と人。
時間が過ぎて、ハイサヨナラ。じゃぁ勿体ない。
だから。
競馬場を辞めて2年経つわけだけども、
こうやって、またみんなに逢えるということは、
とても大事なこと。
全ての友人が、
果てしなく薄い確率の下に邂逅して、
そんでその必然の中で過ごしていく。
自分が自分であることは、
そうやって支えられてるわけなので。
環境とか、
性別とか、
年齢とか、
職業とか、
立場とか、
なんだかそんな、個体識別のために人間の言葉で付加されたナンヤラカンヤラ、面倒くせぇことこの上なくて。
そんなもん全部一回まっさらに見てさ、
みんな仲良くな、
これからもやっていけりゃいいと思うわけよ。
Big up all mi friend dem.
December
27
2006
20:38
誰ぞが言ってた。
「自由」と「孤独」は同じ。
って。
きっと、
自由を求めることは、孤独を抱え込むことに他ならないし、
孤独を逃れようとすることは、自由を放棄することに他ならないわけで。
一方で、
孤独では無い。という孤独もまた存するわけで、
人間はどこまで行っても結局は独り。
ならば、
孤独を紛らすための誰かの存在というものは、
それは、きっと、虚無。
大事なものは、
もっと別のベクトル上にある。
December
17
2006
14:17
それぞれにはそれぞれの日常があって、
そんで少しずつ離れていくコアとコア。
小さなゴールには近づいているから、
そんで自分の中では納得と満足だけど。
実はどこかで、ホントは違うものを求めているのもあるから。
得られないからいいや、なんて、
無意識のうちに自分を擁護するのが人間の癖。
10の満足と1の苦痛。
100の満足と99の苦痛。
引き算すりゃ前者のほうが上。
でもさ。
人並みで満足できないなら、背負い込むしかないわけで。
わがままで、自分勝手で、どーしょうもない大馬鹿三太。
いつか交差した時に、
また笑い合えるかな?大事にし合えるかな?
December
16
2006
01:08
紅茶を飲んで、
ロックステディを聴きながら、
気付くいくつかのこと。
いろいろなこと一つ一つが、
気付かないうちにうつろいゆくのは、
それは当然のことだし、
何がどうというでも無い。
その中で何を見ていくかは、
好きに選べばいいし、
好きに選ばなければいい。
December
05
2006
10:54
トラブルは、ヘコむことは、人間だもの。絶対にある。
大事なのは、それをいちいち気にしないことだと思うさ。
あって当たり前なんだから、
それをことさらに大きく自分に背負わせることは無い。
どんな失敗があったって、
それで別に人生が終わるわけじゃないし。
失敗の無い人間なんて、大きな成功も無いんで。
失敗や失望があるってことは、
神が
「お前はもっとデカい成功をするべき人間だ!」
と選んでくれたということだ。寧ろ喜べ。
どんな方向であれ、突っ走りゃぁいい。
いちいち小石に足止めてるよりも、
構わず全速力で、その先にある大きい岩を飛び越えるための助走。
そんなもんだ。
December
02
2006
07:36
悦楽<我慢
ってのはやっぱ違うと思うので。
我慢をしなきゃいけない。
って人は言うけど、
でも、それが目的になってるだけの人もたくさんいて、
俺はやっぱそれは違うと思うので。
やりたくないことをやる必要は無いし、
やりたいことを我慢する必要も無い。
自分、ってのがまず最初にあることにこそ、
前に進む意義がある。
November
27
2006
01:30
自分を傷つけられたくないから、
他人を傷つけないように注意する。
って、それだけのことだと思うのだけれど。
November
20
2006
01:12
どの方向に歩いているのかはわかっても、
そこに何があるのかなんてのは見えないわけで。
だから恐れる人もいるし、
だから何も恐れない人もいる。
顔をどこに向けるかが試される。
November
17
2006
20:45
ドアを閉めた瞬間に、
それはそこを行き来する方法を完全に遮断することで。
中庸は、無い。
どれくらい開けてるかは、関係無い。
少しであろうと、
全開であろうと、
入れるか入れないかという段階では結局一緒。
入られるのが嫌なら完全に閉めればいいし。
でもそれは、自分も絶対にそこから出ることはできない。
そんな覚悟は必要。
永遠に外気に触れず、そして窒息。
それを望むなら、何も言わない。
俺は開いてる。
自由に出るし、
自由に入ればいい。
っていうやり方。
November
12
2006
02:10
高校生になって、
大学生になって、
大学院生になって、
フリーターになって、
そんで今があるけど。
でも、そん中で何が変わったの?と言えば、
実際のとこユグドラシルの部分は何も変わってない。
積み重ねたり、それを一回崩したり、
そういうのは繰り返してきたけど、
真ん中にあるものは一つ。
バベルじゃないから、
何かがバラバラになったりはしない。
何かが変わったというなら、それは、
位置や角度が変わったのではなくて、
建材が変わったっていう、それだけのこと。
気付けばいい。
気付かなくてもいい。