カテゴリーアーカイブ: 思う。
September
09
2007
03:25
今思う一過性のアレコレ。
俺が考えるいくつかの方向性。
にべもなく全面的に否定されたとしても、
必ずしもそれが問題だというわけではなくて。
要は、そこに自分の意志がどれだけ入っているか。
ならば、答えは簡単なことで、
のさばってる自分の中の揺らぎを止めて、
はじめて見えるものがあるということ。
Various things are in humanane senses.
Our close bond is made of
Xenosenses and identical senses.
September
09
2007
01:49
人間というものは、
衆生悉くそうして成り立っている。
どんな事情であれ、
それは、
変わる、
ことは、
無い。
September
09
2007
01:26
何くに於いて、
如何なる断に拠りて、
己の立ちし場を信ぜんと欲すれば良いか。
何を思うにしても、
結局はそんなのは、
自信と卑下の間を征き戻るロプノール。
諸事を顧みて、どんな土台を自分の中に設定したところで、
そこに確かな何かが無ければ、
そんなんは結局、砂上の楼閣。
積み上げても、積み上げても、
すぐに一からの賽の河原。
積み上げるという失望。
積み上げないという停滞。
揺ら愚馬鹿離の日々。
September
01
2007
06:46
例えば、全ての物理的物質が、
分子を透過した光の結像に過ぎないように、
結局は、全ての観念的存在も、
脳内を透過した感情の結像に過ぎないわけで。
それならば、
何がどう形成するも、
何がどう罅割するも、
何がどう安定するも、
何がどう崩壊するも、
そんなのはそれぞれの脳内で生み出したステータス。
ドーパミンや、
セロトニンや、
アドレナリンや、
そんなモノアミンがシナプスを通って、
そんで、泣いたり、笑ったり。
ちょっとしたはずみで、結果なんてどうにでも変わる。
不確かなものに何を期待して、
不確かなものに何を失望する?
August
25
2007
23:01
ポジな朝。
ネガな夜。
そんな日もある。
事象は全て相対的なものなので。
届かない範囲の動や静。
パッシヴィティは永遠の時間。
谷底はどこだ。
窓を開けたら、夏の終わりの風。
一緒に終わるものは何?
August
25
2007
02:39
俺はきっと基本的に人間というものを信じすぎていて、
そしてそこで生まれる齟齬。
時と場合と環境と自我など、
100億以上のファクターを触媒にして、
トラストは、
時に美徳で、
時に悪徳で、
時に醜悪で、
時に快適だったりするので、
それを信じたり、信じなかったり、
なんだかとても厄介な代物だ。
だからこそ、自分の中でどこかにそれを落とし込んで、
それが生み出すのが、
摩擦だったり、
潤滑だったり、
軋轢だったりしても、
歩幅の合う、合わないは、
結局は人生の歩き方の違いなので。
それが俺のやり方なので。
あくまでも。
トラスト憂。
August
19
2007
02:08
会う>>>電話>>>テレパシー≧手紙>>メール
だからメールは苦手だ。
散歩帰り。
ふと見上げると星。
あー、昼は曇ってたのになぁ。
こんな夜は、
車を3時間ばかし走らせて、
ネオンの無いトコで満天の星を見たいぬー。
充実した生活ってのぁ、
時間があることと、
心があること。
August
15
2007
12:15
ポジっ子がポジっ子である最大の素因は、
「忘れる」
という人間の具備する最大の防御スキルが非常に高いことだと思う。
考えたってしょーがないわけなので。
だって、そんなに考えて、それで何かが変わる?
変わらないなら、はい、次。
そのほうがよっぽど生産的だ。
August
13
2007
20:09
そりゃぁいつだって動じずにいれるわけではないけど。
でも、少なくとも自分の立ち位置は見えてるわけだし、それを云々言ってもしょーがないので。
見てるのはもっと先の話。
今のちょいした感情で云々思うより、まず足下だ。
そんなスタンスで絶妙のニュートラル。
今俺に必要なのは、今までの自分を全否定するくらいの勢いの滅私。
できるかどうかじゃなくて、
やるかどうかだろ?
August
06
2007
21:34
26年間住み慣れた前田を離れて、
今の場所に来たのが3年前。
何か書類を書く度、
「札幌市手稲区…」
と無意識に動く左手。
そしていつも慌てて書き直す。
今日、無意識に左手が書いたのは、
「札幌市東区…」
26年なんざ3年で上書きできる。
ならば3年や5年、
そんなもんが何ぼの。
忘却は、人間の持つ最大の美徳。
入れ替わって、立ち替わって、
そんで進む。
怖がることは無い。