月別アーカイブ: 8月, 2018
August
10
2018
21:00
女々しいなんて言われても、
悲しいものを悲しいと思うのは自然なことだし、
寂しいものを寂しいと思うのは自然なことだし、
ぼくはぼく自身が弱くてみっともなくてどうしようもないぼくなことを、嫌になって嫌になって嫌になるくらい自覚しているので、
少し前まで思い描いていた未来が失われたという厳然たる事実をね、
「さあ!切り替えろ!そんな未来はもともとなかった!」
なんて言われてもね、
頭ではわかっていても、もう少しだけ嘆くことをお許し下さい。
「こぼれたミルクに泣かないで」
欧米のことわざ。
泣かないで、って言われても、
それが、大事で大事で大事なものだったら、
泣くよ。
そりゃあ、泣くよ。
盆に還らない、
わかってるよ。
わかってるから泣かない!
そんなもんじゃないよ。
泣くよ。泣かせてよ。
わかってるんだよ。
こぼれた瞬間に見えたミルクの冠。
綺麗だったよ。
素敵だったよ。
ミルクの冠は、
一瞬しか見えないから美しい。
ミルクの冠が消えて、
波紋が静まって、
そこに何もなくなったら、
その時に歩き出そう。
August
09
2018
20:44
心がわりは何かのせい?あまり乗り気じゃなかったのに
そんな歌い出しで始まるうた。
僕らの世代で、普通に音楽を好きで青春時代を、
青春時代という響きも恥ずかしいけど、
でも確かにそれは青春時代だった日々を過ごしてきた人たちはみんな知っているであろううた。
小沢健二の「ぼくらが旅に出る理由」。
来月、僕は知らない土地に旅に出るわけで、
知らない土地で知らない時間を過ごすわけで、
それに対してこんなにワクワクして、
こんなにドキドキして、
それっていったい何なんだろうな?
知りすぎてる土地で、
知りすぎてる顔を見て、
知りすぎてる時間を過ごす。
それって、とてもとても幸せなこと。
それなのに、人は旅に出る。
きっとみんないろんな理由があって、
それぞれの理由を胸に抱えて、
あるいはそれぞれの荷物を背中に負って、
知らない土地で何を感じるのかな?
心がわりは何かのせい?あまり乗り気じゃなかったのに
旅に出ることに乗り気じゃなかったのに、いざその日になってはしゃいでいる恋人を思ううた。
きっとぼくにも理由があって、
だから旅に出ることにした。
知りすぎてる土地で、
知りすぎてる顔を見失い、
知りすぎてる時間を過ごせなくなって、
ぽっかり空いた胸と背中に、
次に何を抱えればいい?
次に何を背負えばいい?
それを見つけに行こう。
それだけ。
ねえ、
心がわりは何かのせい?
August
08
2018
21:41
喉元を過ぎれば、熱さも忘れるってさ、
先人たちはそう語り継いできたわけだから、
それはきっとそうなんだろう。
じゃあさ、
今はまだ喉元?それともようやく過ぎたとこ?
過ぎたのだとしたら、どれくらい経てば熱さを忘れるかな?
熱いかどうかもよくわからなくて、
なんだかとっても良くないのだけは自覚していて、
痛みも感じないくらい麻痺していて、
熱すぎて爛れた喉だけがそこにあるのだろう。
それならいっそこんな喉は掻き切っておくれよ。
とふと思ったけど、
きっと、ずっと先に、美味しいものを美味しいって、
そんな純粋な気持ちでもう一度味わうために、とっとこ。
喉元を過ぎれば熱さも忘れるってさ。
さあ。
忘れよう。
August
07
2018
20:37
今回、妹(のような存在)に影響を受けて、久々にブログを再開してみる。
理由はいろいろあるけど、今の自分って、うん、何なんだろうな?
言いたいこと、言えてる?
思いたいように、思えてる?
ぼくの周りには本当に気のいい素敵な友人たちがいて、
ぼくの側には、少し前まで、本当に大切な恋人がいて、
でもね、
ぼくはみんなと歩調が違う。
速さや、踏み出す方向や、履いている靴も、違う。
合わせることはできるよ。
ニコニコして、知らない話にも上手く相槌を打って、喜んで、楽しんで。
そんなぼくを、いつしかぼく自身も、
それを本当のぼくだと思い込んで、
ぼくじゃない顔で友達と話して、
ぼくじゃない顔で恋人を抱いて、
そんな日々を過ごしてたんじゃないの?
ずっと昔にブログに書いていた文章を久々に読んだ。
それはぼくで、
ぼくがここ数年、ずっと心にひとり飼っていたぼくで、
みっともなく悩んで、
みっともなく恋いて、
そしてみっともなく喜んでいたぼく。
「ほら!顔出しちゃダメよ!」
って、
気付かないうちに、閉じ込めて飼ってたやつが、あ、いたんだなあ。
日の当たらない場所でカビが生えていく前に、
きちんと外に出してやろう。
言いたいこと。
思いたいこと。
気付かせてくれたのは、
同じ歩調で、ぼくのずっと後の年月を、同じ足を踏み出して歩いてきているであろう妹のような存在。
さんきゅ。