その道を行ケ。

September 18 2005 02:51

前だけを見ようという、日常の一心不乱で自意識過剰で自分勝手で前向きな自己愛の結果、
さぁ牙は生え揃ってきたぜ。ここからだ。
 
 
人間なんてもんは、周囲の環境の影響を極度に受けやすいもので。
おそらく自分が思ってるよりもずっと、みんな間違いなく強い影響を受けてる。
だから、選べる環境に関しては、しっかりと選んで、いいオーラの中に自分を置かねばならない。
 
例えば、後ろ向きな考え方や、ひねた考え方、現実的な考え方しかしないような人に囲まれて過ごしてりゃぁ、
どんな人だって自然とそっち方向に引きずられるわけで。
これは別に人間環境のことだけではなくて、テレビ番組だって、音楽だって、本だって、ネットだって一緒。
「現実なんてこんなもんだ」とか、
「なにしゃかりきになってんだよ」みたいな内容のもの目にしてりゃぁ、絶対に引っ張られるんだって。
だから、負のベクトルを生活の中から少しでも削減して、
仕事やら何やらでどうしても不可避な部分に関しては、
それ以上に正のベクトルを、なんやらかんやらの情報ソースからどんどん摂取して、
自分内ベクトルを正に向けとくしかない。
 
たしかに日常のいろんなことは厳しいけど、
でもそれを仕方ないとか思ったり、
こんなもんかと思って努力をやめたり、
そんなんで自分の人生に妥協するような、そんな生き方すると、後で後悔するの自分でわかってっから。
自分の理想と現実の乖離を、嘲笑したり、自虐的にナナメから見たり、そんなのはもぅ結構。
真っ正面から見てさ、そんでそれを受け入れてその上で乗り越えていこー、なんて、そんな意志。
それをしっかり後押ししてくれるようなナンタラカンタラをいつだって選択して、そんで自信深めちゃったりなんかして。
 
自分一人じゃできないから、まず環境から。
 
 
(塀内夏子「史上最低のレガッタ」第2巻より)
 
少年院での一コマ。
母親をかばって父親を刺殺し、さらに公判中に息子をかばうために母親までが自殺してしまったため、罪の意識から監房で出家した吉原が、その罪の意識を乗り越えた直後のシーン。
 「どんなにつらくても、苦しくても、人間は否応なく「明日」におしだされてしまう。
ならば生きていくしかない。
 人間の足は、前に行くようにできているみたいだからね…」


Categories: 考える。

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