【徒然こらむ】何気に音楽放談。

November 05 2006 00:11

「音楽を愛せ。
そして音楽に愛されよ。」
 
とは、俺様の名言なわけですが(謎)、
音楽を愛して愛して愛しちゃったのよ。
な人生も遂にその熱情が衰えることなくここまで来ました。
 
昔の話になりますが、
恋人なひとに、
「どうせわたしは音楽以上の存在にはなれないから」
と諦められたことも楽しい思い出です(萎)
 
 
何故俺はこんなに音楽を愛してしまったのか。
おそらく一番大きなきっかけになったのが、
小学校低学年という一番物事を吸収する時期に、
有頂天に出会ってしまったことだと思われます。
おまけにその数年後にはイカ天にハマり。
 
よりによって音楽的に濃い所に触れてしまった多感な時代。
こんな少年が、世の一般的な人のように、
音楽と適度な距離を保って生活ができるわけがありません。
 
それから15年以上経過した今となっても、
この2つの影響は半端なくデカいのです。
この度久々に結成したバンドのコンセプトだって、
結局はそこに行き着いてしまう。
 
初めてバンド活動をしたのが、中学2年の時。
世のバンドマンの9割近くが、
「モテたかったから」という不純な動機でバンドを始めるという統計をどこかで見ましたが、
何故かそんな気持ちは俺の中にほんの欠片も無くて。
 
「音楽は爆発だ!」
と俺が言ったかどうかは定かではありませんが、
「音楽はアートだ!」
と思ったのは確かです。
普段は全開することを社会的に認可されない自我。
それを全開させるという狂気と正気の狭間の自己表現。
音楽というものは、俺にとってそれだけなのです。
 
見渡してみればどうでしょう。
今、世の中に出回る音楽のうち、
作者の自我がこれでもか!というくらい出ている音楽がどれだけあるというのか?
少なくともメジャーレーベルでできる範囲では殆ど無いと言っても過言では無く。
そんなもんは音楽では無いのです。
他の人と同じことを言ったら価値なんて無いのです。
「こんなこと歌っときゃ一般ウケするだろう」
なんつって出来た楽曲なんて、
「国民のために」なんて言ってる政治家と一緒なのです。
 
とまぁ、こんなことを思うようになったのも、
結局は有頂天とイカ天のせいな気はするわけなのですが、
ともあれ音楽について語らせたらたぶん4年間くらいは話し続けます。
 
なかなかこれだ!という曲に巡り会うことはありません。
月間、平均130枚くらいのシングル盤がリリースされますが、
まぁそのうちの9割方は聴いていますが、
「いいの来たな」とニヤリとできる楽曲は、
せいぜいそのうちの5曲程度です。
だからこそ、それを追い続ける熱情が絶えることが無い、
とも言えるわけなのですが。
 
昔、平山雄一は
「音楽は感受性のNEWSだ」
と言いました。
俺的には、この言葉は全ての音楽評論の中で最も金言だと思うのですが、
つまるところはそういうことなのです。
自我と自我というのは、必ずせめぎ合うものなのです。
発信されたものが、相手のためにあってはいけないのです。
それは最終的には、自己満足を過度に濃縮して、放散したものであるべきなのです。
 
俺が中学校の時音楽を始めた理由の一番大きな所はそこです。
溜め込んだ感受性を限界破裂させるのが音楽の存在意義です。
 
人生に予測や打算はいらないのです。
感じたことが、全てなのです。
そして、そこには音楽がある。
それだけの話です。


Categories: カルチャーの嵐。
  1. えりすけ

    私もイカ天見てました!!
    でも、21時には寝てた小学校時代。
    そしてあまりテレビ見ていなかったはず。

    いつ、どうやって見ていたのか疑問です…。

    2006年11月5日 00:51
  2. だい。

    >エリちゃん
    遅れている仮名書のCDと一緒に、
    イカ天総集編のDVDも送るです。

    2006年11月8日 20:00
  3. えりすけ

    だい先輩。
    ありがとうございます。
    クリスマスプレゼントと思い、
    楽しみにしてます(^^)

    2006年11月12日 22:10

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